リニア新幹線<エネルギー消費>

リニア中央新幹線のエネルギー消費量を考える」

 リニア中央新幹線の消費エネルギーについては、長い間公にされてきませんでしたが、5月12日の中央新幹線小委員会の最終答申案に対するパブリックコメントの結果を公表した中に、初めて示されました。それが以下の2行です。

東京―名古屋 27万kW ピーク時:5本/時間 所要時間:40分
東京―大阪 74万kW ピーク時:8本/時間 所要時間67分

 この「リニアのエネルギー消費量」について、7月の神奈川の原発とリニアのシンポジウムでもご紹介した伊藤洋氏(山梨県立大学学長)の見解、当日シンポジウムに参加され、後日資料を頂いた阿部修治氏(産業技術総合研究所)の見解を掲載します。

◆伊藤説 
伊藤洋(山梨県立大学学長)

 “出発時の瞬時ピーク電力が重要”とする伊藤説から考えると、今回小委員会から出された数値も、発電、送電の供給設備の必要量としては依然として不明ということになります。 
  
★伊藤氏ブログ(6月24日(続々々々「リスク方程式」より)
http://blogs.yahoo.co.jp/kendaigakucho/MYBLOG/yblog.html?m=lc&sv=%A5%EA%A5%B9%A5%AF%CA%FD%C4%F8%BC%B0&sk=0

(※ 以下一部抜粋 全文はブログを参照)
 ※ その他 リニア中央新幹線の記述は2011年6月20日〜24日の「リスク方程式」を参照)

・昨日の「(続)リスク方程式」では、JR東海リニアモーターカーの泣き所は効率の悪さだと書きました。この悪い効率のシステムである上に高速度を実現・達成するために初速度を非常に高く取ろうとします。そうしないと磁気浮上しないからです。そのためには出発時の電力容量を相当に高く取らないと実現できないはずです。すなわち、受電設備の大容量化が必至というわけです。
 残念ながらJR東海リニアモーターカーの必要最大電力は秘密のベールの中にあって知らされていません。公式に発表されているのは、ほぼ1時間で東京・名古屋間を完走するに要する電力量が1列車あたり8万1,000kWhということだけです。この8万1,000kWhは、いわば鉄道会社が電力会社に支払う電力料金にかかる数値であって、これよりも出発時に必要な瞬時ピーク電力(家庭で言う契約電流に相当)が大問題です。

・ドイツでは失敗したとして撤退した常伝導磁気浮上式リニアモーターカー「トランスラピッド」では、一両50人定員の車両で、最大電力容量は10MWと発表されていました。これをJR東海リニアモーターカーに適用しますと、一列車32両連結(東海道新幹線定員100人16両編成に合わせて)としてなんと320MW=32万kWとなります。
 仮りに、朝のラッシュアワーで全線に5列車、上下で10列車が走行しているようなケースを考え、これが同時に各駅を発車するような偶然が発生すると、320万kW、つまり原子力発電所3基分の容量の電力が必要になります。つまり、電力会社としてはこれだけの容量を提供しなくてはならないのですが、実際に支払ってもらえる電力料金は東京・大阪間の走行所要時間1時間として、8万1,000kWh×10=81万kWhに過ぎません。実に81/320=0.25、電力会社にとっては負荷率25%の歓迎せざる客ということになります。しかも夜中は走らないので一層負荷率を低下させます。

◆阿部説 
 阿部 修治(独立行政法人 産業技術総合研究所

★「リニア中央新幹線の消費電力について」(2011.7.25)

国土交通省より「中央新幹線超電導リニア)の消費電力の試算」が示された[1]。それによれば:

ピーク時の消費電力はキロワット(kW)単位で
約27万kW(東京〜名古屋開業時、ピーク時:5本/時間、所要時間:40分)
約74万kW(東京〜大阪開業時、ピーク時:8本/時間、所要時間:67分)
また、時速500 km走行時の1列車(16両編成)の想定消費電力は、約 3.5万kW。

これについての私の暫定的な考えは次のとおりです。

(1)数値は信頼できるか?

公表された数値は算出根拠が示されておらず、検証はできないが、非現実的な数値ではなさそうである。空気抵抗を最大限減らすよう車両形状を最適化し、車両重量も新幹線の半分程度にするなど、省エネの技術的努力を重ねた実験車両の結果から推定された最善の数値であると推察される。現時点では想定とはいえ、開業まで10数年あるので、その間の技術開発により達成は可能だろう。逆に、これ以上の大幅な省電力化は容易ではないとみることもできる。なお、今回示されたのは列車の運転にかかる消費電力のみである。実際には、大深度地下駅やトンネルにおけるさまざまな設備にかかる電力消費も現在の新幹線に比べてかなり増えるだろう。

(2)現在の新幹線との比較

1列車の消費電力に関して、時速270 kmの新幹線16両編成の場合、約0.9万kW程度とみられる(注1)ので、リニアはその約4倍ということになる。車両重量を半分程度に軽量化しているにもかかわらず、4倍であることに注意したい。乗車人員がリニアは約1000人と、新幹線の約1300人[2]より少ないので、1人当たりの電力消費に換算すると、リニアは新幹線の約5倍以上になる。他方、所要時間は半分程度(リニア67分、新幹線120分[3])に短縮されるので同じ距離を移動するためのエネルギーで比較すれば、リニアの消費電力は新幹線の約3倍ということになる。つまり、中央新幹線を在来型新幹線方式にすれば、運行にかかる消費電力は3分の1で済むということである。(注1)

(注1)新幹線車両の消費電力

現在の新幹線の連続定格出力は時速300 kmのN700系16両編成の場合1.7万kWとなっている[4]。「定格出力」とは、そこまでは無理なく効率よく出力(推進力)が出せるというような値である。加速時にはその出力を最大限に使うが、新幹線のような高速鉄道では空気抵抗が大きいため、定速走行時でもかなりの出力を使う。一方、減速時には回生ブレーキにより逆に電力を発生する。全体としての平均消費電力は不明であるが、ここでは、連続定格出力のおよそ半分程度とみなした[5]。

(3)原発を必要とするか?

ピーク時の消費電力27万kWないし74万kWは、100万kW級の原発1基の出力の約4分の1ないし約4分の3に、それぞれ相当する。東京〜大阪開業時にほぼ原発1基分相当の電力が必要になるということである(注2)。現在の東海道新幹線全体の消費電力はピーク時で55万kW程度という評価がある[6]。これに比べて、リニアの輸送力は東海道新幹線の半分程度なのに74万kWというのは、相当大きい。なお、JR東海会長が原発推進を求めているが[7]、この電力自体は自営火力発電等でも賄える範囲なので、リニアのために直ちに原発を必要とするというよりは、電力が安く大量に供給されている社会でなければ、高速大量輸送システムを安価な料金で運営することはできず、商売として成立しなくなるという危機感があるのではないか。

(注2)電力変動の問題
リニアでも新幹線でも、加速時により大きい電力を必要とすることは確かなので、たまたますべての列車が各駅を同時に出発すれば、消費電力の瞬間的なピークが発生する恐れはある。ダイヤ編成において、同時に出発しないようにするとともに、減速時には回生ブレーキにより逆に電力が生み出されるので、出発する列車と停止する列車が適切に組み合わされるようにすることで、消費電力はある程度平準化される。

結論として、超伝導リニアは現在の新幹線に比べて少なくとも3倍の電力を必要とし、鉄道としてはエネルギー効率が悪い。これは時速500 kmという目標を設定したことからくる限界であり、コストとリスク、社会的価値も含めて、この目標の当否を考え直すべきである。

参考文献
[1] 第20回中央新幹線小委員会資料2「中央新幹線小委員会答申(案)に関するパブリックコメント」結果報告2011.5.12
http://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/tetsudo01_sg_000119.html
[2] 第2回中央新幹線小委員会資料1-1「技術事項に関する検討について」2010.4.15
http://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/tetsudo01_sg_000064.html
[3] 第20回中央新幹線小委員会資料1「中央新幹線の営業主体及び建設主体の指名並びに整備計画の決定について」答申(案)2011.5.12
http://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/tetsudo01_sg_000119.html
[4] 「新幹線データ」http://www2.pf-x.net/~just-r/data/jr/shinkansen.html
[5] 仲津英治http://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/L2/220720.htm
[6] 梅原淳 http://index.umehara-train.com/?eid=1106936
[7] 産経新聞2011.5.24「JR東海会長・葛西敬之 原発継続しか活路はない」 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110524/plc11052403530006-n1.htm