環境配慮書・意見書(大鹿村住民)

JR東海「環境配慮書」への地質的見解 
 
 大鹿村中央構造線博物館・学芸員河本先生より、JR東海中央新幹線(東京―名古屋市間)計画段階環境配慮書」の一般意見募集に提出した意見書を情報提供して頂きました。


「第4章 事業実施想定区域および概略の駅位置の選定」に関するもの

1、
 実験線西端から西の山梨県内のルートについて、甲府盆地南東部の曽根丘陵北縁については、活断層の存在を指摘し、笛吹川右岸と釜無川左岸の間の盆地内を明りで通るとしている。
 一方、甲府盆地西縁の巨摩山地と甲府盆地西縁の境界を形成している活断層系については一言も述べられていない。この断層系は諏訪地域の糸魚川‐静岡構造線活断層系から連続し、伊那山地赤石山脈・巨摩山地からなる巨大な赤石地塊の東縁を形成する、顕著な活断層系である。
 
 糸魚川-静岡構造線と武川で分かれ、下円井断層〜市之瀬断層〜富士見山断層として連続する。その西側の甘利山〜櫛形山身延山が低角で甲府盆地に押しかぶさり、甲府盆地の堆積物がこれらの山地の下に深く楔状に存在していることが、地下構造探査により明らかになっている。
 
 この活断層系がいずれ活動することは確実である。たとえ活断層を直交するルートを選んだとしても、地震をともなう断層の活動が生じ、それがルートを切ったならば、在来東海道本線の建設中の丹那トンネルが北伊豆地震で食い違ったように、路線の設備そのものが食い違うことになる。直線性が要求されるリニア方式では、小区間のSカーブでくいちがいを吸収することはできない。
 工事中に断層の活動が生じれば大きな危険が生じるが、営業開始後ならば高速のリニア線では極めて重大な事故になる。
 飯田以西の区間でも屏風山断層と清内路峠断層の名前だけは挙げている。しかし、中央アルプス地塊の東縁を形成している伊那谷断層帯やそれと斜交する飯田松川断層にふれていない。中央構造線に関しては破砕帯としてだけでなく活断層系としても評価する必要がある。
 これらの活断層の位置や活動度を評価するとともに、それらの地下延長部で発生する強震動、および断層のくいちがいによる被害の想定を示す必要がある。


2、
 赤石山地の隆起速度について「日本国内で突出した値でない」と述べているが、これは誤りである。赤石山地の急速隆起の開始時期を示す遠州灘の小笠層群の堆積開始時期や、凍結融解作用で失われた隆起準平原面を復元してえられる隆起量、信州側の山麓で得られた最近百年間の隆起量のいずれも、もともと世界的には突出した隆起速度をもつ日本列島の山地のなかでも、最高のレベルの隆起速度を示している。
 この急速隆起と、多量の降雨による川の下刻が、深いV字谷を形成している。V字谷の形成は、谷底に向かって崩壊する谷壁が、安息角ぎりぎりの急傾斜でかろうじてバランスを保っていることを意味している。V字谷の底にトンネルの出口を設定すれば、必ず崩壊を招く。このような南アルプス特有の地形形成過程を評価しなければならない。


3、
 「南アルプス伊那山地の地質は四万十帯・秩父帯中古生層・三波川帯変成岩類となっており」としているが、伊那山地花崗岩類と高温低圧型変成岩類からなる領家変成帯である。
 「南アルプス」(赤石山脈)の「四万十帯・秩父帯中古生層・三波川帯変成岩類」は硬質で比較的良好な地質となっている」としているが、これは誤っている。
 赤石山脈の地質は付加体であり、性質が異なる玄武岩石灰岩、チャート、蛇紋岩、砂岩泥岩互層、泥岩の岩体が不連続に混在している。砂岩泥岩互層は、ゆっくりとすべるように変形(クリープ)し、各所で大規模な崩壊を生じている。そのいくつかは、過去にくりかえし生じた東海地震により発生している。
 三波川変成帯は低温高圧型変成帯であり、低温高圧型変成岩である結晶片岩は薄く剥離しやすく、大小規模の地すべりを生じている。
 大鹿地域では結晶片岩帯の上位に変質した海洋玄武岩からなる御荷鉾緑色岩体が岩入衝上断層を介して載っており、下位の結晶片岩のすべりにともない、岩体全体がクリープしている。過去の大規模な崩壊性地すべりにより形成された地形が何か所も見られる。
 御荷鉾緑色岩体中の超苦鉄質岩体や結晶片岩帯には各所に蛇紋岩が含まれ、必ず地すべりを生じている。一部では大規模な崩壊地を形成している。
 領家変成帯側では中央構造線沿いの1000m程度は、かつて深部にあったときに断層運動で変形したマイロナイトが露出している。固いマイロナイトは急峻な岩壁をなしているが、亀裂が発達し、中央構造線沿いの谷底に向かって角礫となって崩落している。とりわけ大鹿村大河原の大西山腹のマイロナイト帯は1961年の梅雨の大雨をきっかけに大崩壊を起こし、崩壊礫の一部は川の対岸の集落に達して42名の死者を生じる大災害になった。


4、
 「土被りが大きいことから、トンネル内湧水による地表への影響は小さいと考えられる」としているが、甘い予断である。地下水の被圧はきわめて高圧と考えられる。また、赤石山脈の地質は保水力が大きく、多量の水を蓄えている。
 そのため不透水層の破壊による大量の流失は避けられないと考えられる。この影響は広範囲に及ぶ可能性がある。


5、
 東海地震震源域は、富士川以西の静岡県のほぼ全域と山梨県の南部を含む。震度6以上の地域を含む防災対策強化地域は、神奈川県茅ケ崎以西、山梨県全域、長野県諏訪以南、岐阜県中津川、愛知県名古屋以東が含まれる。
 安政東海地震では、地盤が軟弱な甲府や諏訪でも震度7の揺れに達して大きな被害が生じたと考えられている。
 笛吹川右岸〜釜無川合流点付近は強い揺れが予想される。赤石山地では多くの斜面崩壊が生じることは確実である。東海地震には工事中または営業開始後まもなく必ず遭遇する。しかし、東海地震の影響を検討していない。東海地震による影響を評価しなければならない。


6、
 赤石山地は地質災害の常襲地帯であるが、崩壊や地すべりがつくった地形を利用して集落が営まれており、微妙なバランスで自然と人が共生している地域である。そのバランスは、少しのインパクトで崩壊することに留意しなければならない。